
諏訪大社下社御柱祭
天下の大祭下社御柱祭


御柱年の4月の10日前後に山出し、5月の10日前後に里曳きが行われます。
春宮に建立される、春一から四の柱、秋宮に建立される、秋一から四の柱まで合計八本の御柱、下社関係の氏子が曳き子となり、近年では山出し3日、里曳き3日を掛けて御柱曳き建てを行います。
山出しでの見処はなんと言っても急な坂を曳き子が乗って下る木落し、観衆も多く入場が制限される事もあります。
前回は平成28年に開催されたので次回の大祭「御柱祭」は6年後令和4年に執行されます。お祭り開催中は多種の催しものが開催されるので、御柱の曳行の他にも見処がいっぱいです。
式年造営御柱大祭


御造営は前年11月頃から解体作業を始めます。2棟ある御宝殿を申寅年に交互に造り替えを行います。新しい御宝殿に遷る神事を宝殿遷座祭といいます。
里曳き前夜遷座の儀を行います。昔は深夜行われましたが、現在では夜8時頃から行われ、明かりを消しての闇の中での神事です。
御柱が神社境内まで曳行されると建御柱が行われます。 建御柱は一般も観覧できるので良く知られた行事です。
下社では4月中旬山出し 5月里曳きで曳きつけられる柱から建御柱となり順次その天を突き刺す勇姿が現れてきます。
この御柱の起源は遠く古代に遡ります。式年造営は伊勢神宮が20年に一度、諏訪大社は7年一度となっています。
平安朝時代初期、桓武天皇の御代からは信濃国の総力をあげて奉仕され、費用の調達の為に元服の式や婚礼葬儀、家屋の新築や増改築が禁じられたこともあります。
現在は御宝殿(本宮、春宮、秋宮)計3棟の御造営と諏訪地方一円約20万人を越える氏子により、老若男女の区別なく御奉仕頂いております。
御柱の用材は樅の木が使われ、三年前から御用材の選定等準備が始まり、八島高原の近く東俣から約10キロの道のりを曳き出します。大きな柱は周囲3米、長さ18メートル余、重さ12、3トンにも及び、独特の木遣り歌と共に千人から二、三千人の人々によって曳行されます。
車もコロも使わず人の力だけで曳行する為に原始的ではありますが、急坂を曳き落したりして勇壮な行事として知られています。
信濃國一之宮 諏訪大社